どうも、ぱぱおです。

イクメンという言葉がすっかり定着してきましたが、育児に関してうまく協力できていないという夫婦の不満はいまだにSNS等でよく目にします。

そこで、パパになる人、あるいはパパだけど出産に立ち会っていない人に、出産の大変さを少しでも知ってもらって、よりよい育児ライフを送ってもらいたいと思い、一例ではありますが、ままおさんの出産について書きたいと思います。

あくまで一例なので、10人いれば10通りの出産があると思います。

これよりもっと大変な人も、もっと楽だったよ、という人もいると思います。

なので本当は立ち会ってもらうのが一番いいと思うのですが、それができない、あるいはできなかったパパさんに、少しでも出産の大変さが伝われば良いなと思います。

【ママ・パパに読んでほしい】立ち会い出産をおすすめする理由という記事も書いていますので、合わせて読んでいただければ幸いです。

計画出産

ままおさんの場合、血圧がちょっと高めだったのと、お腹の子が予定日1週間前の時点で3700gと言われており、かなり大きかったという理由で、予定日より2日前に陣痛促進剤を入れて、計画出産をする予定でした。

陣痛 〜徐々に強くなる痛み〜

入院一日目

入院当日、準備を万端すぎるくらいに整え、これでもかといろいろな用意をしてクリニックに向かいました。

流れとしては、陣痛促進剤を点滴で投与して、子宮口が全開まで開き、赤ちゃんが降りてきたら、いよいよ分娩、という単純なものでした。

血圧が高めだったこともあって、無痛分娩になるだろうという話でしたが、当日の血圧は通常範囲だったため、普通分娩で行くことになりました。

●10時

ままおさんは元々痛みにあまり強くないので、陣痛促進剤を入れるための点滴の針を刺した時点でちょっと涙目でした。

2回位針を刺し直されたらしく、「めっちゃ痛かった」と言ってました。

なにはともあれ陣痛促進剤スタート。

ここから10分おきくらいに陣痛促進剤の入れる速度を10ml/hずつ上げていきます。

30ml/hから始めて、120ml/hまで上げていきます。

●14時

最初のうちは少しお腹が張る程度だったのが、徐々に痛みを伴っていきました。

ただ、まだいてて、くらいで我慢できる程度でした。

●16時

腰の方に痛みも出てきて、子宮口が2cm開いてきたため、陣痛室に移動しました。

その後、なかなか子宮口が開かないため陣痛促進剤のペースを160ml/hまで上げていきます。

このあたりから、ままおさんが痛みで唸り始めます。

しかもその痛みは1分半置きに、40秒程度継続します。その間ずっと「ウー、ウー…」と唸っています。

ここまでは、私は見てることしかできず、無力というか、何もできなくて申し訳ない感じです。

●17時

痛みはどんどん強くなって、「腰が割れそうに痛いって経験談とかで言ってたのがわかる」と言っていました。

この辺から、痛みがピークに達し始め、唸り声に嗚咽が混じり始めます。

ずっとタオルで顔を覆ったまま、ひたすら痛みに耐えています。

腰を押すと少し痛みがましになるということで、ぱぱおが1分半置きにくる痛みに合わせて腰を押します。

結構全力に近い力で押します。

一時間置きくらいに診察で経過を先生が見に来るのですが、それが終わるたびに、激痛とそれにも関わらず子宮口が開かないことに涙でぐちゃぐちゃになってました。

可哀相だけど、耐えるしかないので、「まめおさんもがんばってるよ」などと励ましながら腰を押し続けます。

●18時

食事が運ばれてきたものの、ずっと続く痛みで食欲がなく、最初はいらないと言っていました。

しかし、体力をつけないと、ということで痛みの合間をみて半分くらい食べることができました。

●19時

これまでは、

痛み(30秒)→インターバル(1分半)→痛み(30秒)→インターバル(1分半)

というペースで痛くない時間があったのですが、徐々にインターバルの間も完全に痛みがなくならず、痛みが弱くなってきては、また強い痛みが来る、というふうに、痛みが途切れなくなってきました。

このあたりから、ままおさんが泣きながら「もうほんとしんどい」「なんとかして」と言い始めます。

助産師さんに話しても、辛いけど耐えるしかないからね、といわれ、こちらも励ましながらひたすら痛みに合わせて腰を押すしかありません。

押す場所も変えていかないと、効きが悪くなるようで、いつもだったら「もうちょっと下にしてくれる?」と言うままおさんも、「もっと下!!」と言い方に余裕がなくなっていました。

●20時

そんな状態がずっと1、2時間も続くと、もう言葉を発する力さえなくなってきて、ひたすら呻いているだけです。

このへんから私も心配になってきます。本当にこのまま痛みに耐えさせていて大丈夫なのだろうか、と。

まるで拷問をうけているままおさんを目の前で見ているようで、すごく心が苦しくて、早く開放してあげないとやばいんじゃないかと思い始めます。

先生が診察に来ますが、まだまだだねぇと言って帰って行きます。

病室にはボロボロに泣いて、言葉を発する気力もないままおさんがいます。

ぱぱおも、もうどうしたらいいかわかりませんでした。

先生は耐えるしかないと言うし、ままおさんはもう耐えられなさそうでしたし。

でもこのままだと、ままおさんが壊れてしまうんじゃないかとも思いました。。

●21時

タオルで顔を覆ってずっと泣いたまま、「(痛みが)また来た」と言って痛みに耐えて嗚咽を漏らします。

もうこの状態が2、3時間続いています。

ままおさんはもう限界に見えました。

痛みってこんなに数時間で簡単に人間を変えてしまうんだな、と思ったのを覚えています。

この時点でまだ子宮口は4cmしか開いていません。今夜中の出産はもう難しそうでした。

この状態ではままおさんは寝ることもできないと思い、夜寝るときはどうするのか、と助産師さんに聞いたところ、促進剤を止めれば痛みは和らぐので寝れるかもと言っていました。

そのことをままおさんに伝えたところ、21時50分頃に、「もう無理!促進剤止めてもらって」と言いました。

ここで、私も今日はもう無理だな、と思い、ナースコールで「今日これ以上は無理みたいなので、促進剤を止めてください。」と言いました。

すると「じゃあ無痛分娩に切り替えますか?」と聞かれたので、ままおさんにも確認して無痛分娩に切り替えてもらいました。

●22時

背中に麻酔の針を入れてもらって麻酔が持続的に効くようにしてもらいました。

病室に帰ってきたときには、「痛みが全然なくなった!」と言って、いつものままおさんに戻ってました。

あまりにもケロッとしてしていて、こちらは安心したのもありますが、なんというか拍子抜けしました(笑)

麻酔一つでこんなに変わるのか、と。

なにはともあれ、今日は休んで明日に備えようということで、私も夕飯を食べるために病室を出ました。

病室を出たら、ままおさんの腰を一生懸命押していたせいで、全身が筋肉痛になっていたことに気づきました。

出産はパパも体力勝負だな、と思いました(違うか)。

そして、その日私は、掛け布団だけ貸してもらって陣痛室のソファで寝ました。

入院二日目(出産日)

●6時

寝ている間、促進剤は止めていたのですが、自然陣痛があったようで、痛みが増してきたため、麻酔を少し追加してもらいました。

このとき麻酔は2.0m/h。

寝ている間の陣痛で少し進んだらしく、この時点で子宮口は5cmでした。

促進剤は、また30ml/hから始めて、120ml/hまで上げていきます。

●11時

この日は麻酔を入れているおかげで、ここまで前日ほどの痛がり方はしませんでしたが、だんだん痛みが強くなり、前日と同じくらいの痛がり方をし始めます。

再度麻酔を追加してもらい、この時点で麻酔は5.0m/h。

麻酔が効いてくると徐々に痛みは和らいでいきました。

しかし、前日の夜ほどは効かず、痛みは残っているようでした。

●14時

ついに、子宮口の開きが7cmまで到達。夕方くらいには出産までいけるかもと言われ、初めて終わりが見え始めました。

これまでは、診察のたびに「まだまだだねぇ」としか言われず、一体いつまでこの痛みに耐えたらいいんだろう、と思っていましたが、ままおさんにもようやく希望が見えてきました。

●16時

いよいよ分娩も近い、ということで分娩室へ移動します。

すぐ産む準備に取り掛かるのかと思いきや、ここから子宮口が完全に開いて、赤ちゃんが降りてくるのを待つとのことでした。

痛みは強くなってきていましたが、最後産むときにいきまないといけないので、これ以上麻酔は入れられない、とのことでした。

なので、あとは生まれるまでひたすら痛みに耐えます。

●18時

子宮口が9cm(あと1cm)、子宮底の高さはあと3cmくらいのところまできました。

20時くらいまでには分娩に入れるだろう、と言っていました。

●19時

このあたりから痛みがまた強くなってきて、前日の麻酔を入れる前と同じ状態になります。

涙をぽろぽろ流しながら、嗚咽混じりに呻き始めます。

助産師さんに言っても、「お尻の痛みは厳密には痛みではないから麻酔で取ることはできない」と言われます。

子宮が降りてくる圧迫感を痛みとして感じる妊婦さんもいるが、痛みではないので、麻酔で取り除けず、呼吸で散らすしかないとのことでした。

とにかく、ままおさんの痛みを少しでも和らげるべく、私はままおさんのお尻を全力で押し、ままおさんの母さんは腰をさすります。

もう飲み物も受け付けません。

ただただ1分置きに襲ってくる痛みに泣きながら耐えます。

最初はテニスボールや片手の拳で押していましたが、痛みが強くなるつれ、それでは足りなくなってきました。

なるべく広い範囲を押せるように、両足で踏ん張って、両手の拳でお尻周辺を押していました。

さらに最後の方は陣痛の来るタイミングだけでは足りず、インターバルの間もずっとその状態でお尻を押していました。

●20時

結局20時になっても、子宮口は全開にならず、赤ちゃんも完全には降りてはきませんでしたが、母体の体力も限界に近づいていたため、20時5分くらいに分娩を開始しました。

分娩

分娩が始まると、今度は陣痛のタイミングで息を吐いて痛みを散らすのではなく、息を止めて声を出さずにいきむように言われます。

もうお尻を押してあげることもできません。ままおさんは一人で激痛の中、声をあげることもできず、いきまなければなりません。

最初は「痛いーっ」と声を出していましたが、先生に「声出さないでいきんで!」と言われ、泣きながら息を止めていきんでいました。

陣痛一回に付き、四回、息を止めていきみます。

本当に頑張っていきんでいました。今思い出しても涙が出てくるくらい、辛そうでした。

あれだけの痛みの中で、声を出さずにいきんでいるのを見て、本当にすごいなと思ったのを覚えています。

助産師さんがままおさんのお腹をグイグイ押して赤ちゃんを押し出し、先生が吸引器を使って赤ちゃんを引っ張り出します。

少し頭が見えてきたあたりで、先生がはさみでまめおさんの出口を広げるためにチョキチョキ切っていました。

話に聞いていたやつだ、と思いましたが、話に聞いていたとおり、出産の痛みで切られているのには気づいていないようでした。

あとでままおさんに聞いても、切ったのはわからなかったとのことでした。

そして三回の陣痛で赤ちゃんの頭が出て来ました。

この、頭が出てくるときが一番痛かったそうです。

「まめおさんの頭出たよ!」とままおさんに言いますが、いきむのにいっぱいいっぱいで伝わっているのかどうかもわかりません。

そして最後の陣痛でもう一回いきんで、全身を先生が引っ張り出しました。

でも、すぐに赤ちゃんは泣きません。

大丈夫なのかな…と心配になります。

先生が赤ちゃんの背中をゴシゴシして、10秒か20秒くらいでしょうか、赤ちゃんがふぎゃ、ふぎゃと泣きました。

このとき、ようやく無事終わったと思いました。

ままおさんに、「本当にお疲れ様、頑張ったね。ありがとう。」と何度も言いましたが、ままおさんは涙でぐちゃぐちゃで放心状態でした。

ついにまめおさん誕生!

私がへその緒を切ることになっていたため、先生にこっちきて、こことここの間で切って、と言われ、恐る恐るままおさんとまめおさんをつなげているへその緒にハサミを入れます。

感触としては、焼き肉とかで食べるホルモンに近い感じですが、あんなにブヨブヨはしてません。

見た目はサザエの黒いところみたいな黒い感じでした。

日常ではみることのない、なんだかすごい不思議なものを見ているようでした。

赤ちゃんが生まれた後は母体から胎盤を取り出したり、切開した部分を縫い合わせたりしてしていました。

縫い合わせるときは、ままおさんもときどき「いたっ」と言っていました。

私はままおさんにお礼を言いながら、安堵と感謝と喜びといろんな感情で泣きそうでした。

他の人もいたので何となく泣くのがはばかられて、涙を引っ込めてしまいましたが、病室に戻ってから二人で泣きました。

まめおさん

生まれてきた赤ちゃんは体重3500g、身長52.5cmの大きな女の子でした。

吸引分娩のせいで頭がびよーんと伸びてて、ままおさんは「コーンヘッド」みたいと言ってました。

生まれてすぐはまだ可愛い顔とは言えませんが、存在がものすごく可愛いです。

ずっとお腹の中にいて、話しかけたり遊んだりして可愛がっていた子がようやくその姿を見せてくれたんですから。

可愛くないわけがないです。たとえコーンヘッドでも。

終わりに

以上が、我が家のままおさんの出産でした。

文章力がアレなため、実際の大変さの10分の1も伝えられてないんじゃないかと思いますが、少しでも、出産って日常で経験する大変さとは全く種類の違う大変さなんだということをわかって頂けたら、長文を書いたかいがあります。

そして、出産を乗り越えたママさんをできるだけ労い、これから出産のママさんをできるだけ支えてあげてほしいな、と思います。

この大変さを大したことじゃない、みたいに言われたらママさんはその人とは分かり合えないと思うのも無理はないです。

自分が逆の立場になって考えたらすぐわかると思います。

パパさんはそんな人にならないように、頑張って子供を産んでくれたママさんを大事にしてください。